福岡の中古レコード屋のアッサンブラージュです。
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この時期は買取が少ないため、ネタがありません。
おとなしく休みの日は家で音楽を聴いております。
そこで暇に任せて、スマホのメモ・アプリに私なりの
「1967-69年のエルヴィス・プレスリー論」を書いてみました。
最近、車の中で聞いてるCDはエルヴィス・プレスリーの「60’sマスターズ」のディスク3。
後半からブラック・ミュージックの要素が滲み出し、
明らかに、それまでのポップス歌手から、再びロック・シーンに返り咲いている。
所謂スタイルとしてはスワンプ・ロックである。
この変化を録音年月日に沿って整理しようと思い、
マイク越谷さんの名著「ワークス・オブ・エルヴィス」にて追ってみた。
変化は1967年9月のナッシュビル録音のブルース・シンガー、
ジミー・リードのカバー「ビッグ・ボスマン」から。
ここでの録音で重要なのはギターのジェリー・リードとハーモニカのチャーリー・マッコイの参加。
黒人音楽的要素が入った面子が、いつものレコーディング・メンバー加わっている。
特にブルージーなマッコイのハープは聴きもの。
「ギター・マン」はジェリー作曲のアグレッシブなロック。
この曲のオリジナルをラジオで聴いて以来、
エルヴィスは自分で歌いたい曲を選ぶようになったとか。
翌日の録音ではR&Bのトミー・タッカーの「ハイ・ヒール・スニーカー」をカバー。
もうエルヴィスの黒人音楽と南部のスワンプ・ロックへの情熱は止まらない。
1968年1月も同メンバーでダウン・ホームなジェリーの「アメリカ魂」。
サントラ・セッションでも1968年は、
ロサンゼルスのビーチ・ボーイズ「ペット・サウンズ」でも有名な
「ウエスタン・レコーダーズ・スタジオ」で、
アル・ケイシー、ハル・ブレイン、ラリー・ネクテルらの「レッキング・クルー」メンバーにて、
21世記にリミックスされ大ヒットしたアップ・ナンバー
「おしゃべりはやめて(ア・リトルレス・カンヴァセーション)」も録音。
この曲はヒップなヤンキー娘、ナンシー・シナトラの録音で有名なギタリスト、
ビリー・ストレンジ(リー・ヘイゼルウッドのパートナー)によるもの。
ますますエルヴィスは音楽の最先端に戻ってくる。
そして遂に1968年12月「NBC・TVスペシャル」にて本格的にライヴへの復帰。音楽に専念。
翌月1969年1月には故郷メンフィスにて原点回帰。
サザン・ソウルのメッカ「アメリカン・スタジオ」での「イン・ザ・ゲットー」の大ヒットに至る。
1967年の音楽界と言えばビートルズの
「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」が発表され、
サイケデリック・ロックが主流となっていく一方、
ローリング・ストーンズ、エリック・クラプトン、ボブ・ディランらは
アメリカ南部の黒人音楽とカントリーに接近する。
エルヴィスの復活もこれらの流れに刺激されたからであろうか。
いや、そんな高尚なものではなく、
車中でのカー・ラジオのジェリー・リードがきっかけとなり、
メンフィス育ちのストリートの血が騒ぎ、
日本のトラックの兄ちゃんが北島三郎を聴くように、
元々トラック運転手のエルヴィスも、偶像であるアイドル・ソングではなく、
自分の原点となる土着的なスワンプ風味のある歌を唄いたくなった。
これがリアルではなかろうか。
要するに「アイドルをやめてシンガー・ソングライターになりたい」。
そんな元アイドルの単純な心境と同じである。
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